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2017-06-28

「嫌い」から「己のアイデンティティ」が見えてくる

 

「なんかアイツ嫌いやわー」

「なんかあの雰囲気嫌いやねん」

 

そんな感情をアナタも持った事ありません?

 

この感覚ってネガティブなイメージでとらわれてしまうけど、実は「己のアイデンティティ」を見出してくれるモノなんですよね。

 

アイデンティティって何かって言ったら、「独自性」だとか「本質」だとか色々意味合いがあるんだけど、俺は「己の軸になるもの」に近いモノって解釈してる。

 

この部分がないと、何をしていてもフワフワ宙を漂ってるような感覚に陥ってしまって「アイデンティティクライシス」に陥ってしまうんよな。自己の喪失ってやつ。

 

それこそ、軸になるものが無い感覚かな。

 

で、話を戻すと。なんで「嫌い」から「己のアイデンティティ」が見えてくるのかって言ったら、「誤魔化しが効かない」からなんすよね。

 

逆にいうと「嫌い」の反対の「好き」ってのは、いくらでも誤魔化せるんすよ

「まぁ好きっちゃ好きやな」とか「まぁ悪くないよな」ってな具合で。笑

 

でも「嫌い」となるとそうはいかん。器用な人はある程度は誤魔化せるかも知らんけど、ストレスって形で体に蓄積されていくし。結果的に「誤魔化せない」って事になる。

 

そこに嘘偽りない己の「コア」な部分と出会えるんすよ。

 

「なぜ自分はあの人が嫌いなんだろう?」

「なぜ自分はこの世界観が苦手なんだろう?」

 

って感じで、嘘偽りないからこそ、

真正面から自分と向き合うことができる。

 

ここに、コアな「アイデンティティ」が宿ってる。

「己の軸なるもの」が見えてくるって訳。

 

身の振り方。姿勢。

自分の目指したいと思う所。

好きな世界観。

 

そういうものは、

己が「嫌いなこと」から相対的に見えてくるものだから。

 

余談だけど、

こういう話をすれば「イエスマン」ってのはどうなの?

って話になるんだけど。

 

実は「イエスマン」と「この話」は、

結構リンクしてる部分があって面白かったりする。

 

「イエスマン」は、普通の人よりも多くの行動やチャレンジをして、
アウトプットとインプットを増やしていく。それが結果的に、自分を成長させる事になる。

 

って感じだけど、要するにこれって「外部から己に働きかけるもの」によって、
己自身が変化していくっていう事。

 

いわば「嫌い→己のアイデンティティが見えてくる」の逆なんすよね。これは内側から己に働きかけるもので、イエスマンは外側から己に働きかけるもの。

 

どちらも重要な事で、正反対のように見えて実はリンクしてて、アシンメトリーのような構造をしてる。

 

哲学的に、面白いなーと勝手に思ってる。笑

完全に余談だけど。笑

 

まぁ何が言いたいかって、「嫌い」ってのは何もネガティブな事じゃないってこと。むしろ最も大事な感覚なんよね。

 

それを基準に物事を判断した方が、

自分が本当に目指したい事が見えてくるから。

 





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